2008年04月23日

夫婦木 めおとぎ

■姫路市飾磨区上野田■

西河原橋から北を見る.JPG  夫婦木が立つ境内.JPG


姫路城主池田三左衛門輝政の名にちなみ三左衛門堀とも、外堀川とも呼ばれる運河も、「三の切橋」辺りを過ぎると野田川と名を変える。
野田川は、お世辞にも清い流れとは形容しがたく、それでも羽を休める鳥の姿が見えてホット安堵した。西河原橋から北を望む風景である。
西河原橋東の上野田公園は、春休みだというのに乗り手のない遊具が手持ち無沙汰に揺れ、若い娘(こ)が一人バス停に立つ姿を横目に目的地「夫婦木」へ向かう。川跡のくねりを偲ばせる細い道をたどると、玉垣をめぐらす宮跡らしき境内に「上野田公民館」表示の建屋がある。東北隅の地蔵堂と天神祠の脇の碑は、大正14年「田四反七畝十三歩、高徳純教」の寄贈碑で、高徳氏は都会へ出た成功者であったのだろう、平成6年南条の大歳社の分霊を請けて新築なった大歳神社にも神戸市荒田町高徳藤五郎の銘を残す。碑を覆い隠すように枝葉を伸ばす大木が一本、樹は地上から2メートルほどの所で二股に分かれ、それぞれに新芽が萌えて樹木の旺盛さを誇示している。もしかすると夫婦木という地名の由来はこの樹木なのであろうか。                
夫婦木の地名解釈は、幹の中途から二股に分かれて同じ大きさの勝ち負けのない枝が出ている状態に付けられ、自然が創り出した芽出度い現象を吉祥ととらえた人たちが好んで付けた地名である。明治初年に大歳神社と改めた南条の元の神は大白星、すなわち星を祀り方位を占う信仰と、自然現象の夫婦木との関連は定かではないが、いずれにしても古い信仰の影を落とす地名であろう。
近くで酒店を営む女主人の話によれば、毎年1月15日に上野田公園で行われるとんど焼きの当日、天神さんに灯(とも)した火を種火にして公園まで運び、とんどに点火するのだという。       
 地名の記憶が確実に人びとから遠ざかっているのを実感する日々である。 
posted by 早春 at 13:26| Comment(0) | 姫路市中部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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