2008年03月12日

網干古文書堂 瓦版3 

陣屋横の空き地でご対面.JPG  時代の異なる親王雛.jpg

■網干湊に春一番の風が吹く■

 格子窓から射し込む陽がスーツと奥まで和らいでとどく三月、あちこちの町から湊から「梅の花だより」とともに「雛祭り」の催しが届いてきます。
 かつて揖保川河口の港町として栄えた網干の中心地、新在家の片岡家において、3月1日から3日まで初めての雛まつりが催されました。今回はそのときの様子をお伝えしましょう。
 薄ぐらい蔵のなかから久方ぶりに取り出された雛箱から、持ち主が手習いに使用したのでしょうか、いろは文字の残る半紙が詰め物として入れられていて、女あるじの細やかな心遣いが伝わってきます。江戸時代網干の興浜は丸亀藩の陣屋が置かれた所、その船手組に属していたとも、また舟庄屋だったとも伝えられる家に縁付いた明治生まれの女あるじが愛でた親王雛は、香気あふれる面立ちで少しはにかみながら路上での初対面です。
 床の間に緋毛氈を敷いた平飾りという形でお披露目をしたもう一組の古今雛は、柴屋の屋号で造り醤油を営んでいた隣家太田家に伝わる親王雛で、新聞紙上でも取り上げられたこともあってその道の専門家の訪問を受け、なんの知識を持ち得ないで開いた雛祭りの意外な反響に恥じ入るばかりです。そのとき教わったさわりを受け売りしますと、まず江戸時代と明治時代の雛の簡単な見分け方は着物の染料が決め手の一つだとか、明治時代に輸入された化学染料のきわだつ赤さと異なり、日本古来の優雅で深みのある紅花染が江戸時代の雛の特徴だそうで、一同見較べてなるほどと納得する一幕もありました。
 座敷に並べられた檀飾りは、会員持ちよりの思い出のお雛さん、それに有志の方の出品も加わり主(あるじ)ともども春の陽射しに頬をうっすらと桃色に染めた姿は、なんといっても華やかにこの場を引き立てて和ませてくれます。網干湊町に春一番の風が吹いた三日間でした。


 
posted by 早春 at 21:30| Comment(0) | 網干古文書堂 ★瓦版 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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