2007年09月18日

葉草 はくさ

■姫路市砥堀■


春川神社.JPG  市内最大の石室をもつ権現山古墳.JPG


 西を標高250bの増位山にさえぎられ、東に市川が蛇行する河岸段丘に発達した南北に細長い砥堀は、古い時代、湿地に覆われた土地の高台に人が住み着いたのが始まりなのだろう。麓に沿って細くうねる道の山側にある春川神社は墾(はる)川の替え字で、開墾に関わる一社と考えられる。
 葉草という地名の場所は砥堀の南西部の山頂に近く、けもの道さえ途絶えた鬱蒼と茂る潅木を掻き分けぬかるんだ坂を登ると、第32回に掲載した「仕出掛」へと到達し、増位山頂上が間もないことを知らせる。
 葉草の元の字は「蛇草」と書くのが正しいらしく、大坂に蛇草という地名がある。そこで「長瀬町蛇草友集会」の国本氏へ聞き合わせたところ「東大阪市衣摺(きずり)にある長瀬神社はもと北葉草、南葉草そのほか5カ村が合併したとき、式内社波牟許曾(はむこそ)神社ならびに村社であった蛇斬(じゃさき)社などを合祀した。社名の波牟は蛇のことで、許曾は社の意味であり、神社創始の由緒書きの一部には蛇を祀り、古代この地は大和川の川ぶちの湿地であった」と返事をいただく。なお江戸時代の国学者である伴信友は「蛇草と書いて今いかに唱うにか、知らねども「波牟久佐」とか「波美久佐とか唱うべきなり」との記述もありますとのこと。
 日本地名研究所所長谷川健一さんは蛇草について、蝿も羽羽(はは)も蛇の古名で、波牟とは物を口にくわえることからきたもので、魚類の鱧も古くはハムと呼ばれた。蛇は蝮であったろう」と述べている。
 県下篠山市で行われる鱧祭りは、人身御供の子どもに模した10歳くらいの男児をたて、式が進むと鱧切り役がまな板に乗せた鱧を一刀に切断するという行事が無形文化財になっている。鱧は大蛇に見立てられたもので、人身御供の子どもを連れ去ったので天罰をくだすのだという。
  播磨六山の一つである随願寺への山道をたどる善男善女たちの足元に,生い茂る色とりどりの葉草、だが湿地を好む習性の蝮にとっては格好の棲みかとなる。それで蝮の存在を示す葉草という地名を付けて、それとなく注意をうながした地名かも知れない。
posted by 早春 at 06:17| Comment(0) | 姫路市中部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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