2007年09月06日

網干古文書堂・瓦版

■事始:瓦版1■

朝の本町通り.JPG   061128整理初回日.JPG


 姫路市網干区新在家の片岡家に伝わる古文書類は、昭和56年片岡都子氏より資料を委ねられて、姫路市史編集室が整理を済ませ、すでに目録化されたもので、当網干地区はおろか龍野市においても貴重な歴史資料の一つであることは間違いのないことでしょう。
 なぜかと言いますと近世(江戸時代)に龍野藩南組の大庄屋を務めていた当家の古文書には、藩からの御用状にくわえ膨大な回達文書が残されているからにほかなりません。しかしこれらの文書に目が通された形跡は無く、手付かずの状態と判断しましたが、地方文書の類は早くに散逸して量は少なく、貴重な資料に欠けるというのが実情です。
 浜風が吹く遠浅の播磨灘に面した網干は、一方で揖保川河口の重要な川港という恵まれた自然条件を備え、城下町龍野とは高瀬船舟運の終着駅として、大きな要となりうることは間違いなく、藩にとって財政上もさることながら、海を介しての交流の舞台として質の高い人材と、それにともなう文化を藩邸に届けたに相違ないのです。
 崩れかかった古民家の座敷の隅に放置された古文書に出合ったときの驚き、紙魚に冒され、茶箱の中で悲鳴をあげ助けをもとめる古文書は、いつ破棄されるか知れない状況下でした。そのとき神戸大学と神戸史学会が共同で進める古文書レスキュー隊の二文字が私の頭をよぎりました。
 それから間もなく仲間の応援を得て、救出された古文書入りの茶箱は、現在網干余子浜の古民家、加藤邸の二番蔵に収められ安息の日々を送っています。
 大切な網干の歴史文献保存の呼びかけに応じて、資料整理に駆けつけてくれた同士、助っ人の数も増えて現在作業が進められつつあり、なんとも心強いかぎりです。         店主 春 麗
posted by 早春 at 10:28| Comment(1) | 網干古文書堂 ★瓦版 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by lkaghusguif at 2008年09月08日 09:31
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