2007年05月24日

私たちの町おこし

■この指とーまれ 2006年4月■

出会い  加藤邸内.JPG

 揖保川下流域の河端近く御成門を備えた古民家の主(あるじ)は、江戸時代天領の倉敷を務めるかたわら、廻船物流の総元締めとして近隣の村々を束ね、網干湊を活気あふれる町人の町に育て上げました。筆まめで文化への造詣が深かった主は蔵の中に多くの記録を残し、現在「加藤家文書」として姫路市に寄贈保管されています。
平成16年の秋に網干を永住の地にと帰郷された加藤家の当主は、古文書の中から自宅の普請帳をひもとき、建物の耐久性や保存状態を把握してこれなら大丈夫、豪商の家を開放して寂れたふるさとを活性化するために役立てようとの試みを始められました。
呼びかけに賛同した商店街の「おかみさん会」の後押しで、「こころの祭り」への参加をはたし、第二土曜日に行われる網干サロンは、毎回ユニークな話者と軽食でもてなす客室は夜にもかかわらず盛況をみせます。
そんな中で18年1月、ひょんなご縁で加藤家に引き取られた地元写真家の古い写真の整理を、「古文書を読む会」の若手メンバーが引き受けたのをきっかけに、加藤家を軸にして4月に立ち上げたのが「歴史雑学塾」です。
雑学をメインにする塾は「ふしぎな地名の話」を聞いた翌月、自分の目で新発見を体感するための「訪ねてみよう見学会」を行います。加藤家の座敷でくつろいで聞く「古典を楽しもう」は、日本語の奥深い優美さを心の琴線に届けたいと企画されたものです「身近な歴史を探ろう」に続き「やさしい古文書入門」の指導は、「あなたもきっと読めます」を合言葉に候文に挑戦します。
地域の文化遺産を受け継ぎつつ、地道な在野の研究者が育つことを念じた塾は、心ある支援者の智恵と努力で今テープを切ったばかりです。
posted by 早春 at 11:13| Comment(0) | 網干歴史雑学塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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