2006年10月07日

万燈山 まんどうやま

■たつの市新宮町奥小屋■

大乗さんの宮 万燈ヶ端の竹薮

 県道179号線と別れ、栗栖川に沿って北東に進むとさらに中途から道が二つに分かれる。右手の谷間に沿った道は車一台がやっと通れるほど狭く、河川砂防指定地の清流をゆうゆうと泳ぐ魚の群れを一瞥する余裕もないが、これでもれっきとした県道である。
奥小屋の集落は谷あいの一番奥まった位置にあって、もとは22軒あったがいまは14軒に減り、この村にも過疎という波が影を落としつつある。そんな村の北西の石垣に薄日がこぼれ落ちる「大乗さん」とよばれる小さなお宮があるのに気がついた。
 大乗さんとは、大城宮や大浄宮、また大上言などの字が与えられ、「ダイジョウゴ」「ダイジョゴ」さんの呼び名で各地に残る星の信仰を伝える大将軍神社に違いない。しかしあまりにも古い信仰であるために地名は残ったが、大将軍信仰がそのまま行われている所は少なく、星の信仰がすたれたころ言葉の似通った仏教語の大乗に結びついた例も多々ある。大乗さんの後方にそびえる万燈山はこの辺りで一番高く、南へゆるやかに伸びる山の端は万燈ヶ鼻といい、万燈の行事が途絶えた山は竹薮となっている。
 各地に残る万燈山の言い伝えはさまざまで、精霊送りや虫送り、それに雨乞いなどその土地によって祭りの形は異なるようで、奥小屋では昭和のはじめごろまで毎年のように雨乞いが行われた山らしい。奥小屋から下流の地域に広がる田畑の面積は、南へ下がるにつれ広がりを見せ、山の落ち水は谷間を駆け抜けるように一挙に下ってしまうため用水を溜めることが出来ず、いつも水不足に悩まされていた。そんな時村人は松明に火を灯し、山へ登って天を仰ぎ「あんもれ、たもーれ・あんもれ、たもーれ」―これは雨賜われの意だろう―を大きな声で天の神へ届けとばかり繰り返し叫んだと伝えている。
 ちかごろでは米の収穫量が増えたこと、米中心だった暮らしが変化したことなどの理由から、水が不足して困るということがなくなり、いつのころから雨乞いの行事が途絶えてしまった。それでも雨乞いの名残をかすかに伝える行事は今も受け継がれ、毎年8月24日夕暮れになると、前日に各戸に配られた松の束を手にした人たちが、八幡宮の下の広場に集まってくる。宮総代と会長二人が社前の松明の火を採り、それぞれの束に火を移し替えて神前で拝礼、これがすむとお神酒のお下がりを飲んだり、お菓子を食べたりしながら談笑してくつろぐ、こんな村中の集いは自然いっぱいの恵みの中で、神を敬う心と隣人への思いやりの心を一つにした行事として今なお存続している。
posted by 早春 at 15:38| Comment(0) | 地名アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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