2008年10月07日

勅旨 ちょうし2 

■姫路市花田町勅旨■

勅旨の大歳神社.JPG  勅旨の墓地.JPG

 では、勅旨という地名の真の解釈はどうなのであろうか。『地名用語語源辞典』を引くと、「(たふし・倒し)の転で崩壊地名・侵食地形を云うか」とあり、侵食された危険な地形を指しているようである。たふし(倒し)とは目の前のものが突然倒れるとか崩れるとかの意で、川岸の集落をたびたび襲う洪水の被害箇所に多い地名である。たふしと云う言葉が永い年月の間にちょうしへ転訛すると、以前からの言葉は意味を失いちょうしの音だけが伝わるが、それさえ忘れられて意味不明のために神功皇后や菅原道真が立ち寄ったとの貴人伝説がまことしやかに語られるのが常である。ここ勅旨にもこれに似通ったいくつかの伝承が残されている。その一つは「南に近接する播磨国分寺があることから勅旨田の遺称地名」だという説、また古代山陽道が勅旨を経て書写山へ通じていることから「書写山円教寺修造のとき下向した勅使が止宿した」との説など、この二つが根強く語り継がれている。しかし米作りに不適切かと思われる川淵の侵食されやすい土質が「勅旨田」としての機能を果たし得たであろうか。また「戸数わずか13戸ばかりなり」の戸数では勅使が止宿して十分な応対が行き届いたのであろうか。 
 この説に対し旧の『姫路市史』は永享4(1432)年8月洪水、9月地震、書写・増位・国分寺の堂塔多く倒壊す。勅使大納言基秀が状況を視察に訪れ数日増位山に逗留した、宿にされたのは増位山内と記述が見える。洪水で軟弱になった地盤に地震が襲いかかると堤は難なく倒壊したであろう。これを目の当りにした人々の率直な気持ちが「たふし」へつながり、ずっと後になって勅使下向の事実と重なり伝承が発生したと考えられる。
 最近『太子町史・第一巻』を読んでいて興味深い記事に出合った。田中真吾氏の「大地のシーソ」説である。播磨の自然界では気候の変化から「河川の流路を常に西方に押しやるという大地の特質があり、東方が相対的に隆起傾向にあったことを示すのではなかろうか。市川の左岸においても顕著である」と述べられ、東へ西へと揺れ動く大地の有様が説明されている。ならば勅旨集落の東を川が流れていて、の記載の川は大水の時季と相まって堤防は倒壊して徐々に西方に押しやられ、村が東へ移動したのではなかろうか。そのとき小川であった元の流れは井溝(ゆみぞ)として残ったのだろう。なおこの時期は11〜17世紀にかけての出来事らしい。こう考えると姫路城主池田輝政の治績の一つである市川本流の付け替えなども案外自然の現象を利用したものであれば、成功率は高く工事もいつもより容易であったかも知れない。
 さて日本の各地に散見できる(ちょうし)(ちょくし)地名だが、やはりすぐ思いつく地名は千葉県の銚子市ではないだろうか、利根川河口に発展した醸造の町としても有名な銚子市は、地名のいわれを「酒器の銚子の口の細く狭い様子から名が付けられた」との解釈がされている。兵庫県ではちょうし・ちょくし地名はやはり河口部に多く分布がみられ、なかでも氷上郡市島町の大字勅使は地名の起こりについて、「暦応元年この村よりご在位の天皇に多額の献金をしたので勅使と命名した」との貴人説話でまとめられている。また加古川の勅使塚古墳のように古代の墳墓名に多いと報告されているちょうし・ちょくし名は、周溝を自然の流水から取り込むための導水技術に長けた人たちによって名付けられたとも受け取ることが可能で、長岡京市の「調子」や宮崎県五ケ瀬の「丁子」それに奥入瀬渓流の十和田湖に近い「銚子大滝」などは、どのような地名の解釈が付されているか興味の尽きないところだが、いずれも河川沿いの地名であることに変わりはない。
 ちなみに市川に沿う南の北条に「定旨」と書いてちょうしという小字があったが今はどうなったのだろうか。市庁舎に隣接するという好立地で区画整理が進み、大きく発展した村にもう危険な地名は似つかわしくないだろうが、それでも水との過酷な村の闘いの歴史をつなぐ地名であることに間違いない。       
このように同じ意味の地名であると思われるのに、所によって字が変えられ地名の謂れや解釈が異なる地名について、柳田國男は『地名研究』の中で、「地名の意味が忘れられたから発生するというものではなく、単なる思いつきでもない、共同で生活する人の心の中にある思いが地名として表れた」と書いている。
 わずかな資料の中に記された勅使下向の事実のくだりが、郷土勅旨の由来説に願ってもない好材料であったに違いなく、誇りある伝承は最高の贈り物となって今も語り継がれている。

☆ 断り書き『神戸史学会・歴史と神戸』202に記載したものに加筆訂正したものです。


posted by 早春 at 11:12| Comment(2) | 地名アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
見つけてしまいました。
「らしい」ブログですね。ちょいちょいお邪魔します。
Posted by KUDO at 2008年10月15日 22:15
くどうさま「らしい」ですか。まだ地名にこだわっています。何とかの一つ覚えから抜け切れませんので、古文書も続けています。
死ぬまで目がもつかどうかが勝負です。今後ともお手柔らかに、間違っていたら遠慮なくご指摘を、お頼み申します
Posted by 春 麗 at 2008年10月16日 23:10
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