2008年09月10日

板  いたば

■姫路市大塩■


的形との境の西浜川.jpg  養魚場内の横澪.jpg


 山陽電鉄大塩駅に降り立つと広大な塩田跡地に舞う風は、浜子たちのショツパイ汗の匂いを、すべて過去に運び去ってしまっていた。
 地元の守谷利永さんは、「塩作りが盛んだったころ、東澪・中澪・西澪・尻無し澪そのほかに横澪と呼ばれる澪(みお)がたくさんあって、塩田の中に製塩場が四~五カ所あったが、25キロ入りの小俵に詰められた塩は、船に乗せ澪を通って運んだ」と往時を振り返る。 
 西澪の名残はいま西浜川とよばれ、隣接する的形との境となる堤防沿いに「板」と一字で「いたば」と読むめずらしい小字がある。付近は廃業した養魚場跡や排水のためのポンプを兼ねた大樋門一帯もふくまれる。
 板という地名は全国に字を変え読みを替えて広範囲に分布が見られ、海に流れ込む川のそばに多く付けられる崩壊地名であることに間違いはないのだが、現在二つの解釈に分かれている。その一つは水害などで決壊を防ぐ場に打ち込まれた板がそのまま地名に定着したもの、なかでも矢板を打つなどの言葉は現在にも通じる語で、矢は水や流水の意味を持ち、水際の土砂崩れが起こる場に板が打ち込まれる状態を「矢板を打つ」などと表現される。もう一つは、毎年のように繰り返される自然災害の猛威にさらされて、暴風雨で痛んで土砂崩れを起こした場が痛み場、すなわち「いたば」になったとの説である。
 うがった言い方をすれば横澪が通じていれば、そこは非常時に決壊が起こりやすい場所ではなかったのだろうか、大雨が続くと横澪へどっとなだれこむ海水を食い止めるために防護の堰板を打ち込む。そして危険極まりない場所に「板」という地名を付けて何よりも大切な仕事場を守った。先人達の知恵と技がキラッと光る地名である。
 水郷で名高い茨城県行方郡(なめがたぐん)潮来町(いたこまち)の地名の由来は、潮を「いた」と読み、潮が寄せ返し痛んだ場所が想像できる町名であるが、むかしは板来や板久などの当て字であったという。
posted by 早春 at 21:06| Comment(0) | 姫路市東部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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